この著作はフィクションではありません。森達也がドキュメンタリー番組を制作する過程で取材内容や対話相手の言葉を書き記したルポルタージュ(取材書)です。登場人物は日本にいる実在人物です。
職業欄はエスパー[画像]職業欄はエスパー
著:森 達也/角川文庫


Prologue

 1974年3月。ユリ・ゲラーが初めて来日してテレビのスペシャル番組でスプーン曲げを披露したとき、僕は17歳の高校生だった。
 番組が放送されたその夜、自宅でテレビを見ていた当時のクラスメートのたぶん半分以上は、あわてて台所から持ってきたスプーンを握り締めながら、テレビの画面に釘付けになっていたはずだ。翌日の学校では、いつのまにか曲がっていたというスプーンを持ってきた一人の級友が、クラスの話題の中心になったと記憶している。

 テレビは僕も夢中で見た。でもスプーンは最後まで手にしなかった。受動するだけで、能動は欠片もない。級友のほどんどが抱いた「自分にも超能力があるかもしれない」という能動的な発想を、僕はおもいつきさえもしなかった。
 番組の反響は凄まじかった。超能力なのかそれともトリックなのかという論戦で、まさしく日本中が沸騰した。高度経済成長と歩調を合わせるかのように、テレビがメディアの主流というポジションを不動のものにしつつある時代だった。そしてこれ以降、超能力やUFO、心霊などを扱った番組は、高視聴率が保証されるひとつのジャンルとして、テレビメディアに君臨し続けてきた。

 それから20年近くが経過して、僕はテレビの制作現場を職場に選択していた。しかし作る側に回っても、このジャンルとの接点は相変わらずない。深夜の低予算ドキュメンタリーが主なフィールドである僕にとって、ゴールデンタイムの華やかなスペシャル番組は、ほとんど縁のないジャンルだったからだ。要するにスタンスとしては、いち視聴者だ。受動するばかりで能動は相変わらず欠片もない。

 1993年、僕はひとつのドキュメンタリー企画を思いついた。19年前のあの夜、スプーンを手にしたり夜空に奇妙な光を見たりして、以後は「超能力者(エスパー)であること」を職業に選択してきた男たちを被写体にしたドキュメンタリーだ。
 企画を思いついた背景は今となっては思い出せない。還暦を迎えたプロレスラーとか、八人の子供を抱える大家族や、筋ジストロフィーの青年実業家……、たぶん当時の僕にとっては、泡のように浮かんでは消えるそんなテレビドキュメンタリー企画のうちのひとつでしかなかったはずだ。
 しかしこのドキュメンタリー企画が番組として完成し放送されたのは、結果的にはそれから5年が経過した1998年だった。その間まさしく、オウム事件を筆頭とする時代の軋(きし)みや刹那的なメディアの対応に、この企画は激しく翻弄され続けた。
 放送後も継続する彼らとの交流はもう8年に及ぶ。でもこの期間、そして今に至るまで、僕は自らスプーン曲げを試したことはただの一度もない。
 信条があるわけではないし意地になっているわけでもない。もちろん手にしたことは何度もあるが、いつも2、3度擦った頃に、決まって別の用事を思いだす。携帯電話の充電をしなくてはいけなかったとか、コーヒーメーカーのスイッチを切り忘れていたとか、郵便局に簡易保険の名義書き換えの電話をしなくてはいけなかったとか、そんな事柄だ。そして用事を済ませたときには、テーブルの上に置いたスプーンのことはいつのまにか忘れている。そのくりかえしだ。たぶん残りの人生においても、スプーンを手にするたびにきっと僕は、片づけておかなければいけなかった何を思いだすのだろう。

 世の中には二通りの人がいる。自分に超能力があるかどうかに関心がある人とない人だ。僕はどう考えても後者のタイプということになる。

 超能力という未知の能力が実在しているのかどうか、未だに僕にはわからない。現象は何度も目撃している。でも、「あなたは信じますか?」という問いをもし発せられたら、答えようとしてたぶん僕は口ごもる。
 求められる答えはイエスかノーなのだ。しかし、「信じる」あるいは「信じない」という相反する二つの述語に共通する過剰なほどの主体性に、発音しようとするたびにどうしても、奇妙な後ろめたさと戸惑いがまとわりつく。ずっとそうだ。過去も、そして現在も、これに代わる言語をどうしても獲得できずにいる。

秋山 眞人(あきやま まこと)
裕司(つつみ ゆうじ)
清田 益章(きよた ますあき)


 この3人が、8年前に僕が選んだ超能力者だ。もちろん自称超能力者は他にも多数いる。しかし僕はこの3人に固執した。3人以外は視野に入らなかったと言ってもいい。理由はわからない。正確には簡略な言語化ができない。でも自分の選択に自信はある。理由は言えないが自信はある。
 たぶん、この「曖昧な確信」という矛盾した情感に、「超能力」という現象の本質と、見守る僕らの実相とが隠されている。「信じる」でもなく「信じない」とも違うこの曖昧なニュアンスが、いつのまにか深い迷宮に入りこんでいた僕らの足許を、仄かに照らしだしてくれるような気がするのだ。
 ただし脱出できるだけの光度ではない。迷宮にいることを自覚するだけの、とりあえずはささやかな明滅だ。それでも僕は、この微かな灯に目を凝らし続けようと思う。なぜなら強い光源は他を隠す。小さいものや弱いものや薄いものを、圧し潰(つぶ)して扁平(へんぺい)にしてしまう。「曖昧な確信」というこの薄い闇に少しずつ目が馴化(じゅんか)したとき、「超能力」という迷宮に、きっと新たな視界が開けるはずだ。
 目を凝らせばきっと出口は見えてくる。特殊な能力じゃない。僕たちに与えられた普通の能力だ。他者の営みを想う心をとりもどすだけでよい。誰もがきっと、曖昧に確信できるはずなのだ。

Chapter 1
終わらないファイナルバトル


 「私たちは少なくとも嘘はついていない」

 2000年9月23日。テレビ朝日東陽町スタジオ。話しはじめた。
 年に何回か特番として放送されることがすっかり恒例となった「TVタックル」のスペシャル版「超常現象バトル」の収録に、この日のゲストの一人として出演する超能力者、秋山眞人の付き添い人という形で僕は同行していた。超常現象否定派のカリスマ、早稲田大学理工学部教授大槻義彦(おおつき よしひこ)を秋山から紹介してもらうことが目的だった。
 

『職業欄はエスパー』より
試し読みはここまでということで、続きは実際に本を購入して読んでみて下さい。この取材書の中には全てが書かれていますが、この取材によって作られたドキュメンタリー番組「職業欄はエスパー」の映像も観て、本も読むことをオススメします。

どんな偏見も持たず、ケン・ウィルバーのようなインテグラルな視点から映像を観ることができれば、たぶん人生の捉え方が変わるかもしれません。予め警告をしておきます。決して陥ってはいけない心理状態のセリフと態度があります。鉄の棒を曲げる超能力があるとして、そんな力が何の役に立つのさ?とニヤけた笑みを浮かべること、または無関心になることです。

神秘に感嘆する心を失った
鈍感な心は微かなものを見過ごします。


そして、それは「探求を放棄した人間」の愚鈍さにもなります。

いうなれば養鶏場のニワトリです。

養鶏場で生まれたニワトリは
金網の中だけが「世界」だと思っています。
ある時、彼は金網を曲げるニワトリを見かけました。

しかし、鈍いニワトリたちの大半は無視しています。
知的なニワトリたちは躍起になって叫んでいます。
あんな奴がいたら、この金網の世界が壊れてしまう!
みんな信じるんじゃないぞ! あれは幻覚だ、トリックだ!


金網を曲げるニワトリを見て
外の世界に飛びだす「勇気」と「決断力」を
ニワトリは持っていますか?
その名の通り、あなたはチキンですか?

「養鶏場のニワトリ」で終わりますか?
それとも…
「野生のニワトリ」になる探求を始めますか?